じぶんを生きる方法

【人生終わり】20代で人生に行き詰まりを感じた時に考えたいこと

わたし達は、ふだん、なにも考えずに当たり前に生活をしているけれど

「ふつうに生活すること」は決して、

当たり前なことではないことに20代終わりになって気づくことがあります。

 

わたしの人生には、「ここで、行き止まりか。」と感じるような

壁が、何度もある人生で、決して、単調ではないからこそ

単調で平凡な人生は、理想論であって当たり前でないことに気づかされるのです。

 

行き詰まりを感じる時は、たいてい情報不足なので

情報不足の状態で、まともな考えをもてるはずがないと

開き直りするといいのですが、

行き詰まってもだいじょうぶな国が、ここ、日本だと考えています。

 

日本は、最悪行き詰まっても、セーフティーゾーンがあるので

やりたいように生きることは難しくありません。

 

器用さがあれば、やりたいことと、単調に歩くことと

バランスを取って歩くことが出来ることに、失敗してから気づくのです。

 

行き詰まらないように、単調に歩くことだけが良い人生ではないことを

棚置きにして、悩みすぎているとしたら、

行き詰まるほど、失敗してしまったじぶんの人生を笑うと良いと思います。

じぶんの人生を笑うことが出来るのは、じぶんだけです。

 

なにも、笑顔になれという話ではなく、

よく失敗したなといった具合に褒めると良いのです。

 

わたしは、父親と話すようになるまでは、

人生行き詰まったら、死ぬことだけが、最終選択だと思い込んでいた節があります。

 

家族に迷惑かけない選択肢・手っ取り早い選択肢が死ぬことだと

どこかで思い込んでいました。

 

でも、日本という国は、ほんとうに失敗しても生かされる国なことを知ると

行き詰まりだと思い込んでいただけで、人生行き詰まったと感じた地点が

新しいスタートになっていることに気づくのです。

 

人生、最後だと感じたことも、人生行き詰まったと感じたことも

そこが、さいごではなく、新しいメンタル面に変わる為のきっかけに過ぎません。

 

終わり=死ぬ事ではなく、生き方や生きる為の価値観がおおきく変わるきっかけなだけだったのです。

 

p.s 行き詰まりやしんどさのピークを感じる時 わたし達はここで終わりと感じやすいですが じっさいには、あしたも明後日も平等に人生が続きます。

 

どんなに嘆いても、時間だけが流れていくことは決まっていて さいごをじぶんで決めることも しぜんに流すこともどちらも選ぶことが出来ます。

 

わたし達は、終わりと感じた、 少し先まで歩く力を持っているので 少しの暗闇に大事なものが見えなくなっているのかもしれませんね。