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じぶんを生きる方法

圧倒的に凄い人を見ると「すごい」と言ってしまう人へ

【「凄い」と言いつつ

内心傷ついてしまう事から卒業していいよ】

 

圧倒的に凄い人を見ると

つい「すごい」と言ってしまう人を

辞めようと思ったきっかけが…

 

LE SSERAFIM宮脇咲良の生い立ちは人生不可能はないって思わせてくれる

 

LE SSERAFIMの記事を書いていた時に

いつもだったら、

「すごい、すごい!」と思っていた感覚が

 

「ん? あれ?わたしって

会えもしない「凄い人」を

いつまで、追いかけ続けるつもりなんだろう…」

 

「あれれ。」となってしまって。

 

いまさらだけど

じぶんにとっては「凄い人」って

 

じぶんの現実の中に

放り込んでいて良いものだと

思い込んでいた。

 

でも、「凄い人」を

じぶんで作ってしまうと

 

じぶんの現実は

ずっと「凄い人」がいないと

 

じぶんが成り立たない世界に

なってしまう。

 

「凄い人」を作ると

「凄い人」に対する矛盾や葛藤を抱えながら

 

いつも、じぶんの現実の中に

じぶん以外のたにんが占領している状態。

 

しかも、「凄い人」がいると

じぶん主体で生きる事が出来ないから

 

定期的に、

内心カッターでぶつたぎられている感じがして

傷つきまくっている事がある。

 

なのに、言えない。傷ついている、と。

 

「凄い人」を現実に作っては

凄い人になれない。

じぶんでいる事も出来ない

右往左往している状態から抜け出す為には

 

「好き」に言い換えてみようか。

 

「好き」に言い換えて

違和感あるなら、きっとそれ執着だよ。

 

だいじょうぶ。

心配しなくても

あなたは、凄い人にはなれない。

 

というより、凄い人にならなくても

あなたが、活かされていれば

 

「凄い人」になる日を

待ちぼうけしなくて良い。それだけ。

 

「凄い人」になることを

諦めるのではなく、

 

「凄い人」がいない世界で

あなたが、活きることを体感すれば良いだけ。

 

「凄い人」より「好きな人」

 

「凄い人」を崇拝する人生を卒業して

居心地が良い呼び方がある事に

気づいてしまった。

 

わたしの世界にたくさんあるものは

「凄い」と崇拝する人のことではなく

特別な感情を持った

「好き」で世界が溢れている。

 

「凄い」と思って欲しいのではなく

わたしの「好き」を共有することで

「好き」が増える豊かさを共有したい。

 

「好きな人っていますか?」

 

凄い人より、

もっとパワーがある「好き」で

世界を満たそう。