ストレス0

人を泣かせた時の罪悪感ってどう解消すれば良い?人を泣かせない為には

先日、「てへぺろ😋ストレス0サーカス」のディスコードのサロンで

“むかし、友達を泣かせてしまった話が癒されていない”話が上がった。

 

内容的には、

過去、じぶんが解消されていない怒りを

友達にぶつけたら、友達が、なぜか泣いてしまって

“じぶんは悪くない・守る(上)、相手が弱い・出来ない事が悪い(下)”の状態で癒されず

 

いまも、おなじ価値観を採用している為、

巡り巡って、じぶんの人生に

「腹括る=力が入る=硬くなる」イベントが起きるループを創っている状態。

 

「自分で選べないんだったら、選ばなきゃいいし、

人の話に乗るって自分で決めたなら、どう転ぼうが自分が選んだ結果を受け止めろ! 

それを他人に選択させられている状態っていうのは、筋違いだと私は思う。 

そう思うなら、最初から話に乗らなきゃいい。 

と、似たような事を若かりし頃に同級生に怒鳴ったら、泣きながら思いっきり睨まれた!

 

(=じぶんや他人の主張が尊厳を損ねたり、間違っている時があったとしても、

絶対に、聴かなければ、愛さなければならない、ねばならない)」

 

何度も、言うけど

わたしは、お悩みを解決する時、

もうすでに、悩んだり、潜在意識的には、じぶんが悪い事を反省し解放されたがっている人達に

わざわざ、責めるようなやり方はしない。

 

むしろ、もっと、「緩くなる=もふもふ感」の方が大事だから。

 

今回も「人を泣かせた時の罪悪感ってどう解消すれば良い?」について

テヘペロキャンディーセッションの開幕である。

 

 

人を泣かせた時の罪悪感ってどう解消すれば良い?人を泣かせない為には

 

ずっと、うまくいっている状態は
「怒りのエネルギー=不調和な周波数」を持たなくなるので

 

プロフレベルであっても

わたしのように、現時点、
すでに、「過去の記憶が癒され思い出せない=概念を持っていない状態」になる。

 

「嫌なこと=記憶」って、
結局、音で保存されているので、周波数を変えるだけで思い出せなくなるのだけど

じぶんでは、中々、気づく事が出来ない。

 

過去のトラウマや、気に掛かる事が

”いま”口にでるということは、”いま”も地響きで起こっている問題。

 

”いま”この地点から、解消すると

現実世界はラグがあったり、思考回路が完全に変わる為には

脳科学的には、3ヶ月ほど、時間がかかるので

 

しばらく経過すると、なにかが、気に掛からなくなった事に気づく。

 

わたしも、かつては、

 「(理不尽な選択をさせられてたことに 気づかなくても) 

人生でじぶんで選択した事は、すべて、じぶんが悪いから、飲まなければならない論」を 

社会教育や成功法則通りに信じていたので 

 

じぶんに、ひとを加害する感覚がある事を まったく気づいてなかった事を思い出した。 

 

わたしは、ひとから聴いた価値観を無意識的に、採用することによって

母親を責めさせられていた事に気づいた時は まあまあ、ショックを受けた事がある。

 

ピラミッド型の社会構造の仕組みや、人間を支配する為の思考操作について

理解した一部のおとな達は、

 

利用し悪用し、ひとをコントロールする者もいれば

カウンセラーなどのように、代弁する中間役になる人もいる。

 

(実際には、母親が持っていた社会教育で得たネガティブな価値観を

子どものわたしが真似して、母親にそのまま返していただけだったので、

母親の視点からすると、じぶんが放ったネガティブがじぶんに返っただけ、となる。)

ひとは、じぶんが優位なポジションにあると思うと

優位さを武器に、存在そのものは、他人と対等であった事を忘れ

他人を傷つけて良いと思う加害者感覚を持ったり

 

ひとは、悦に入ると、だれかを救済したがり


「じぶんは弱い」からじぶんを守らなければならないと被害者感覚を持つ事で

盾によって、他人の努力を傷つけたりする。

 

人を泣かせた時の罪悪感ってどう解消すれば良い?人を泣かせない為には

人を泣かせた時を思い出して欲しく

同級生の視点から ことばを聴いてみると 少し、違った風に見えるかもしれない。 

 

もしくは、じぶんを傷つけたり 傷つけられる事に慣れすぎていると 

なにで傷つけたか、気づかないかもしれない。

 

素通りすると、 

また、じぶんにうまくいかない面が返って来る事が ふつうと考える状態が続く。

 

“じぶんは悪くない・守る・出来なければならない(上)、

相手が弱い・出来ない事が悪い(下)”の状態で

 

「自分で選べないんだったら、選ばなきゃいいし

 

(=ひとが選べない理由や主張しない理由が

嫌なことや理不尽なこと、いじめにあった時も、

主張する権利はないから、出来る人・主張する人の話をのまなければならない)

 

人の話に乗るって自分で決めたなら、どう転ぼうが自分が選んだ結果を受け止めろ! 

それを他人に選択させられていると言ってはいけない

 

(=わたしの正しいは絶対に聴いてもらう必要がある、

じぶんにとって、不都合だった事に対して怒ってはいけない、ねばならない)」

 

同級生の方の反応は 正常だったと考えている。

 

基本、他人を泣かせてしまうと 

じぶんが放った怒りが増幅して じぶんに返ることで 癒されず、記憶に残る。 

 

人生の決断を、じぶんで決める必要はあるけれど

私たちは、 ひとりで生きている訳ではない。

 

じぶんが、調和の中で生きたい時は、

じぶんも誰かを泣かせてはいけないし、泣く役をかう人を作ってはいけない。

(もちろん、飛躍して、泣いてはいけない、って意味じゃない。)

 

「じぶんも誰かを泣かせてはいけないし、泣く役をかう人を作ってはいけない」

ひとつの全員幸福な状態の定義に沿って

人生を創ると、視えなかった視覚を創る事が出来る。

 

じぶんがひとを泣かせるように 仕向けられている事に 気づかないようになっている事で

じぶんが悪いと表現された居心地の悪さを 

昇華できないようにし、引きづらされているのだ。

 

理不尽の仕組みみたいなもので、 理不尽に合わない方法を理解して 

はじめて、話す 「じぶんで選択すること」の話に繋がる。

 

「理不尽さ」に対する対策はこれ↓

 

当たり前の社会の理不尽さに怒りを覚える時のメンタル対策 

 

人を泣かせた時の罪悪感ってどう解消すれば良い?人を泣かせない為には

 

わたしは、幼少の頃

パパもんは、「怒り」が強いタイプで

ママもんは、ひとの良さにつけ込むタイプ(怒りに漬け込む)の人だった事が見えず、

 

かつては、「怒る人が悪い」と考え

なぜ、子どもが泣けば、泣くほど、パパもんは、さらに、激情するのか?

 

まったく、理解できなかった時期に

怒りのロジックを知って、「怒り」も愛そのものである事を理解した。

 

(子どもの前で、感情的になる事は歳上っぽくないと、

今度は、わたしが、誰よりも怒りを溜める事で難病を最初してしまった。)

 

「じぶんも誰かを泣かせてはいけないし、泣く役をかう人を作ってはいけない」

 

みなが、幸福であることを前提とした定義を持ちながら、

じぶんが、加害者になっていたり、じぶんが、犠牲心わ抱えたりすると

「じぶんが正しい」と言いたくなるエゴに騙されてしまう。

 

大切なことは、じぶんが、過去を引きづっている事を認識している時

相手側を責め続けてしまうことで

お互いが、幸福でないまま、時間が過ぎようとしていることに気づいて欲しい。

 

いま、怒りを持ち続けている事が

じぶんの人生に、人間関係の問題を呼び込む癖がある事に気づくと

「相手が悪い」とつい言いたくなる心理わ止める事が出来るから。

 

ゆかもん式トラウマ感情消化音楽療法からおすすめの一曲

 

ちょうど、この記事を書いている時に

地下アイドルがなんか、気になって見ていたら 即日、炎上していて

(なんか、気になる時って、大体、炎上か、誕生日)

この曲は、じぶんが、怒りを持っていると完全に共振してしまうので、注意が必要。

 

巫まろさんの男ウケ狙いと

新メンバーの鎮目のどかさんのエゴそのままなギラギラ感が良いなぁと、思って

見ていたら、色々重なったこともあって

わたしの未消化な怒りとぶつかって、1日半寝込んで

やっぱり、昇華すると、共振しなくなるので荒療治的な発想です。

 

 

 

アイドル界、最強、ピュアな鞘師里保さんの曲も載せておく。

対局過ぎるけど、どちらも、じぶんだから、面白い。