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ストレス0

ネットビジネスで充実した生活を送るには死生観を変える必要がある

起業やネットビジネスの成功に欠かせないポイントは

「死生観」だと考えている。

 

100記事を書き終えた後は、

企画と、ずっと、待って下さっていたファンの人のコンサルで

なかなか、ブログを更新しなくなりそうなので

 

この際、わたしが、潰瘍を治して

「あぁ。このまま行ったら、

癌になって、はやいところ、ほんまに死ぬど。」

という所まで来て、感じた事を書き留めておこうと思う。

 

ストレスが限界に達した時に出る禁断症状【潰瘍性大腸炎を催眠療法で治した話】

わたしは、メンタルが強すぎたのか、

何回、病気になろうが、ハードな局面に合おうが

 

じぶんの外側から返ってくることばは

「だいじょうぶか?」ではなく

 

「お前のせいで、わたし達は、苦しんでいる。」といったことばの数々だった。

 

病気になったり、災難にあうと

「だいじょうぶか?」と声をかけてくれる暖かい環境があるのは、

 

「きっと、あれは、テレビの中の天使だけなのでは?」と

いまだに思い込んでいる節はある。

 

「暖かさすらも、幻想なのでは?」と、いまは思う。

 

求めれば、求めるほど、暖かさとは、程遠い場所に来ている気がしてならない。

 

なので、セッションとかやっていると

「この人達は、つらい時、つらいと言えるじぶんを

ゆるせる人達なのだな。」と感じる度に、

 

泣く余裕、なにかを吐く余裕は、あった方が良いと感じる反面

 

「ここまで、来ると、

ほとんどのものは、墓場まで持っていくことになるかなぁ。」と

深夜の三日月を眺めながら、

 

こころの余裕とは、

どれほど持てば「愛」のひとことでゆるされるのか、考えることがある。

 

良いよな。

 

じぶんが辛い時、たにんのせいに出来るって。

 

自分がいかに恵まれているか気づかない人は良い?悪い?

 

わたしは、だれかの辛さのゴミ箱になる為に

生まれてきた訳ではないのに

 

時々、じぶんの中のなにかを殺さないといけないと感じる度に

 

むくむくと、

「お前には出来ない。」と

むかし、散々、言われて刺さったままのことばが

 

わたしをあるべき方向に連れていこうとしてくれる。

 

「過去の事は、忘れなさい。」と

沢山、聴いてきて、その意味もよく理解しているのに

 

この世は、人間が、勝手にしゃべり続けることばによって

 

無意識的には、何百万回と、じぶんのなにかを殺したくなっては抑えきれず

ちからの矛先が、情報発信に向かうことを どうか、ゆるして欲しい。

 

ネットビジネスや起業がなければ

わたしは、もうひとりのわたしが確実に暴れるので

 

人格の「怒り」より

本来のじぶんの「恐怖」と友達になる手段しか残されていなくて

「恐怖」と友達になる選択が楽だっただけの、

たいした、人間ではないのだよ。​​​​​​​​​​

 

【歌詞/ふりがな】Eve (イブ) – 廻廻奇譚 (かいかいきたん) 呪術廻戦 主題歌

 

 

​​​​​​​​​​愛とは恐怖であること・恐怖がない限り、愛を示す器が育たない

 

​​「お前には出来ない。は、嘘だったから、よかったね。」と

褒美をあげられるのは、

わたしと、わたしのファンが信じた世界線のさきにしかないので

 

つづきを見るしかない。

そんな日が来たとしても、きっと、わたしは、また独りなのだと思う。

つぎの目的地の為に。

 

さいきん、SNSで流行していることばで

 

「死にたいと感じた時、うるせー相手が死ね!と思って生きろ。」的な

内容が流行っていて

 

個人的に、じっさい、物理的に何回か、死に底なった人生だったし

(飛躍するので、高いところから飛行機になろうと思って

フライアウェイしたとか、見れば分かる話で、リスカ跡があるって訳ではない。)

 

まぁ、正直なところ、

 

特定のひとりのことばで傷ついて、どうこうってレベルではなかったくらい

しんどかったので

 

はやい所、死ぬ事が目標だったのが、本音だった。

 

だから、死にたい人に向けて放たれるメッセージとしては

「角度が違うのでは?」と思っていて

 

なんというか、外野のことばどうこうで

生きる死ぬを決めたいと感じるような世界線ではないんだよね。

 

外野のひとは、装飾品で

現実世界は、味覚と聴覚が切断される

ただの白黒・灰色になり

 

そこから、さらに、意識が落ちて、ただ闇しかない訳だから

 

そこは、たにんは居ないから

なんというか、相手はあるけど無いんだよ。

 

そんなわたしも、

気づいたら、じぶんのファンがいる生活

(生きる理由がある生活)で、困った事になったものだ。笑

 

失恋の歌なんだけど、わたしには、違う歌には聴こえていて

おそらく、寄り添う存在がなかったじぶんに向けて

時々、アカペラで歌ってしまうのかなぁ。と。

 

神はサイコロを振らない(柳田周作) – 夜永唄

 

 

死生観については、

京都大学まで行って、研究に励んだ結果

「生きるのめんどくさい。」と早死にしてしまった若者のことばの方が

 

よっぽど、合理的で、簡潔明快で

 

生きる意味とか、使命とか、目標とかを

馬鹿真剣に考える場所じゃないと思っているから

 

ひとは、死にたい時、

自主的にリタイアする権利がないゲームになっている事は

とても、奇妙に思っている。

 

地球環境で、息してるだけで

みんな、根は変態だし、

生き延びてるだけで強い人だから

わたしの前で、弱いフリするのは、ナシだぜ★

 

考えすぎて行動できない短所を一言で長所にする方法【学校教育の生徒の現場指導に関して】

 

何度も、お迎えが来る事を願った幼少期の願いは虚しく

消えたいと思えば思うほど、つらい時期が続いた。

 

いまの世の中で、

病気ではなく、物理的に死に底なって生き残っている人って

 

夜の仕事に行ってるか

 

著名人のカミングアウトも相当見てきたけど

いじめは、アイドルにもいたけど

 

本人がそうなタイプなのは

戦慄かなのさんくらいしか、思い浮かばなかったけど

 

femme fatale「鼓動」Music Video

 

物理的に数回死にぞこなったかと思えば、

「癌まで行ったら、やべー!」となるまで

どっぷり、エゴの世界に浸かってしまった

 

人格のわたしが学んだ事も

情報発信や、ふとしたことばで出てくるのでしょう。

 

死にそこなった話をしてしまった事で

13年も、恋愛とも呼べない「罪悪感」を

引きずることになった事は、ほんとうに誤算だったが

 

本当に好きな人とは結ばれない理由は視えない愛を探してしまうから

 

物理的に数回死に底なって、生き延びた時に

 

子ども〜学生時代にかけて

「長く生きても、結局、つらいと苦しいなら

あの時、他界してれば、こうならなかったんでないか??」と

反芻する事も、少なくなかった。

 

生きる事がしんどい時に「しんどい」と言ったら

周囲の人間に殺されかける不調話な世界で

 

生き続ける意味が、見出せずにいたら ここまで、来てしまった。

 

たにんに散々譲ったあとに、

 

後付けで聴かされる

自分がいかに恵まれているか気づきなさい。」ということばが、嫌いだ。

 

「不平等」や「理不尽」をだれかに押し付けて成り立つ幸福はない。

 

最も考えないといけない論点は

社会の理不尽を押し付けないと成り立たない仕組みそのもので

目の前のたにんは、憎むべき相手ではないのだ。

 

目の前の相手も、加害したくて、加害している訳ではない。

 

当たり前の社会の理不尽さに怒りを覚える時のメンタル対策

 

もちろん、お金を稼ぐ上で、

じぶんで、豊かさがある事に気づくことは、教養として必要だし

 

あまりにも、傲慢だと良く無いけれど

 

そもそも、元々、恵まれている人は、「自分がいかに恵まれているか。」なんて

考える必要性もないくらいに、いつも、充分に愛されている余裕から、ひとを愛せる。

 

だったら、いかに恵まれているか。」なんて

たにんと比較して安心しないといけない世界をきずくのではなく、

みんな、恵まれている世界を創造すべきだ。

 

自分がいかに恵まれているか気づかない人は良い?悪い?

 

 

あとになって、思わぬ形で、知ったこととして

わたしは、その複数回とも、

本能的に、強烈に、ある部位にちからを入れていた事

(場にちからを働かせていた)を覚えているので

 

奇跡的というか、

正当防衛をじぶんで働かせ、身を守っていた事を知った。

 

なんだかんだ、生きたかったというか、

 

瞬間的に感じた事が

「さすがに、この結末で死ぬのは、エンディングとして最悪。」だった為

 

じぶんで、じぶんを活かしたというか

たまたま、姿勢が、そうさせた部分もおおきかった事を考えると

 

いま、傷ひとつなく、生きている事に対して、やはり、奇跡的なように思う。

 

ネットビジネスや起業の世界で愉しい世界を知る度に、

 

いつも隣にある境界線が薄れた気になっているだけな気がして

京大生の死生観を取り出して

 

右と左、どちらも、じぶんと感じる事がある。

 

死ぬことから、終わりから考えるから

必要な選択や価値観を採用し直して

ひとが成長が出来る事を、わたしは、よく知っていて

 

通常の感覚と違ったり

発想が無いから、わたしが過去に感じた事をことばにする事で

 

ときどき、だれかの役に立つなら、

きっともう少し、生きる意味はあるのだと、思っている。

 

肉体も、お金も、物も持っていけないのに

どんな、記憶を持って帰りたいか、考えた事がない人がほとんどだし

 

対面でひとに相談してしまえるような

元気のある状態の「死にたい」「消えたい」とは違う位置にある

 

だれかに言って、話を聴いてもらう為に

言っている訳では無いから書き留められる

じぶんが、急に死んだ時の遺書のようなブログにようやく書けた

 

強烈な「消えたい」を知らないと、

なかなか、出てこないことばが、沢山ある。

 

でも、みんながみんなこの感度で生きていたら

きっと、死んでしまうので

わたし、ひとりで良いのだと、いまは思っている。笑

 

三浦春馬「Night Diver」Music Video