じぶんを生きる方法

心が満たされない時スピリチュアル的な意味はない【心を満たす方法】

今回は、心が満たされない時は、スピリチュアル的な意味はないことについて解説します。

 

結論からいうと、心が満たされない時はスピリチュアルに傾倒するではなく

現実的に解決した方が、心が満たされます。

 

ただし、心を満たす為には、現実をおおきく変えていく必要があるので

危険と隣り合わせと考えてください。

 

どちらにしろ、スピリチュアルに傾倒すれば、危険はつきものです。

 

であれば、現実的に叶えたいことをじっさい、叶えてみて、

それから考えていく必要があると考えています。

 

わたし自身、じっさいに幼少期の満たされなかった経験から

じぶんらしく生きたいと考え、

人生の中で、心が満たされるまで、遊び尽くした期間があります。

 

プロフィールの通り、育った家庭環境が機能不全家庭であると

じぶんで気づかないレベルで、もっと満たされたい欲が抑えられなくなり

おとなになると爆発し、暴走した経験があります。

 

結果的に、後から振り返ると、暴走したことになるのですが、

人生は、じっさいに遊び尽くしてみないと、なにが成功で、なにが失敗か

分からないと考えています。

 

最終的に、わたしは、海外3カ国に暴走したことがあります。

 

タイ・マレーシア・インドネシアなどの東南アジアで、

陽キャのような生活を送ったことがあるのですが、

 

といっても、大金を持って海外に行った訳ではなかったので

結局、そこでも遊ぶには限界があったと思います。

 

個人的な財産として、特に、コロナの期間に

インドネシアバリ島で、だれもいない貸切状態の街で

5つ星のホテルに格安で、1ヶ月近く住んでいたことは

特に、良い思い出です。

 

歩いていた延長線上で、幼少や学生時代に遊べなかった分

しっかり、遊んで、じぶんにとって必要な価値観が変わっていったことは

とても大きな資産になりました。

 

なので、よくあるキラキラ系起業塾のような価値観は

いまは持っていません。

また、じゆうにも限度があることを知っているいまとなっては

なんでもかんでも、じゆうに生活出来たら良い訳ではなく

その人には、その人のじゆうの限界がある方が良いと個人的な価値観として

持っています。

 

ネットビジネスの世界を渡り歩く為には、

じゆうやスピリチュアル、起業系の宣伝文句にはある程度あかるい必要があると

考えています。

 

いま、振り返ってみれば、バリ島で行っていた情報発信は

ほとんど使えなくなってしまったのですが、

 

心が満たされない時は、現実的なリスクを背負ってでも遊ぶ価値はあると

考えています。

 

人生は、一回きりなので、遊びたいなら、遊んでみないことには

じぶんに、なにが必要で、なにが不要か分からないですよね。

 

それが、じぶんを生きるだと考えています。