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共感力が高いビジネスって?仕事として身につける必要があるスキルなの?

やたら、起業家やインフルエンサーが

「共感力」ってことばを押したがるものだから ずっと、引っかかっていて

わたしは

「共感力ないですよね。」って言われると、「同情力ないですよね。」に聴こえるかな。

 

わたしの不幸に見える面に対して

(難病を2回経験したり、強烈な毒親関連の話や共依存関係の話)

「不幸でかわいそうな人ですね。」って言われたい気持ちは、

もう、持ってないから、違和感を感じるのだと思う。

 

SNSでぼやいたのだけど「共感力」って「同情力」だよなぁ。と、最近、気づいて。

 

当たり前の当たり前の話だけど

たとえば、有名な歌手や、インフルエンサー、起業家のことばを聴いて

なにか、を知った気になっていたとしても

 

見ている世界も、経験している価値観も、

すべて違うから、

「良い知恵=愛」をたくさんもらって、嬉しいなぁ、どまりのままだと理解しながら

 

必要な学びに時間をかけている事に対して

じぶんで責任を取っていく事を考える必要があると思う。

 

時間を奪う事も、時間をかける事もかんたんで

 

決断する為には

本気で、これまでのじぶんを嫌いになって

 

他人の価値観を採用して、じぶんを生きない事に

怒りや絶望を感じない限り、ひとは変わろうとしない。

 

学びや気づきは、じぶんが愚かな事に気づく為にあるというのに

じぶんが、なにか知った気になって、偉くなった気になる為にあると

思い込みたいエゴによって、あとあと、傷つく結果を招く事もある。

 

なにか、を知った気になって、真似しても

じぶんの実力や乗り越えた経験に合ってないことばだと

大体、うまくいかない事が多いから。

 

わたし達は、じぶんの苦しみを武器に、

ひとのアドバイスを聴いては、なんか、少し、偉くなった気がして

 

つい、マウントを取ることばを使ってしまうし

これまでの経験や立場を棚上げして、話して良い気分になる割に

 

お家に帰るとひとり、なんか、違った気がして、凹むものだ。

 

じぶんの「苦しみ」や「痛み」は

どこまで行っても、

他人と共有は出来ないからこそ活かされるし

 

発信さえしていれば、

だれかが、勝手にわたしの良さを解釈してくれて活かして貰えると考えている。

 

たとえば、この世界におおらかな感性の人がいなければ

繊細な人はのたれ死んでしまう、みたいな具合かな。

 

もっと言うと、わたしの良さは、やっぱりわたしには、視えない死角になっているし

わたしの悪い部分も、無意識の内に

他人の目を通しては、筒抜けになっていて

 

じぶんの嫌な部分から、ぜったい目を背けられなくなるから

成長を求める人が、荒波を旅する分には、最適なツールなのだ。

 

良い人と出会いたければ、良い人になれば良い。これだけ。

 

白いことが無垢なら 煤けた私は汚泥か

黒いことが悪なら 焦げ付く私は罪人か

無色の私は虚空の塵か

 

ReoNa 『まっさら』-Music Video-

 

 

わたし達は、依存や執着をされると

じぶんの人生が停滞する様に感じるし

じぶんの度量のおおきさを拡張させないといけないから

 

ちょっとした、めんどくささが、いつも、許せなくなる。

 

だれかの出来なさを、カバーする事が

じぶんの器に繋がるし、

 

じぶんから、愛するちからがあれば、めんどくささをカバーし続ける事が

 

結果的に、じぶん自身の余裕を創る事を幼少期の頃から知っていたら

もう少し、生きやすかった気がする。

 

だれかのめんどくさい部分が、許せない限り

じぶんのめんどくさい部分が、許されない、めんどくさいゲームなのだ。

 

そして、結局、お金も仕事も

こころの余白が無いと、入って来ないので

「めんどくさい」から逃げ続ける限り

じぶんのこころの余白は、広がらない。

 

わたしの父親は、外交的な事が

なにも出来ない母親と、喧嘩する度に

 

じぶんの怒りを見直しては

たったひとり満足させられない男が

仕事が、出来るようになった所で幸福にはなれないと

 

改心し続けて、いまに至っているらしい。

 

「同情」より

出来ない事を赦し、ひとは、成長する事を信じる様が

「愛」ではないかと、わたしは想う。

 

辛い時 辛いと言えたらいいのになぁ

僕達は強がって笑う弱虫だ

寂しいのに 平気な降りをしているのは

崩れ落ちてしまいそうな 自分を守るためなのさ

 

ReoNa × SPICE生放送 Live Cut 6:13「決意の朝に」