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機能不全家庭

目の前の現実は全て自分が作り出してる訳ではない【スピリチュアルは嘘】

家庭機能不全の悩みで悩んでいた時に

現実は、全て自分が作り出しているの、ワードに疑問を持ったことがある。

 

そして、現実はじっさい

じぶんが作り出した訳ではなかった出来事があったので

現実は全て自分が作り出している訳ではない事について解説する。

 

そもそも、かんたんに考えればわかる様に

 

全ての現実を、じぶんが作り出せる力を

みな平等に培っているのであれば

 

お金や人間関係の悩みにおいて

じぶん以外のことで悩む必要がなくなる。

 

じっさいには、お金にしろ、人間関係にしろ

じぶん主体に動いても

叶わないことがあるから悩むのであって

 

なんでも、

じぶんの思ったとおりに動かせるとしたら、

すでに、悩んでいないはずだ。

 

わたしの経験が誰かの役に立てばと考えているので、シェアしたい内容として

 

プロフィールにもあるように

 

わたしは、じっさいの所、家庭機能不全だった時期がある。

 

いまは、原因が解消されていて

じぶんに害があるような環境にいないことで

現実を動かすことに成功しているので、その方法や価値観をシェアしている。

 

家庭機能不全の悩みに対して

 

現実は、じぶんで作っていると仮定すると

 

じぶん自身のことではなく、

周囲が悩みを抱えていることによって

じぶんがいじめに遭うことがあるとしたら

 

じぶんの現実の中には

たしゃの悩みや生き方も当然からんでくる訳で

 

ひとりで、現実を創ることが出来るとしたら

たしゃの悩みを、じぶんが変わることによって、変えられるといった価値観になるけれど

 

じぶん自身が、いくら変わっても、変わらないメリットがある人は変わりません。

 

その現実を作っているのは、もちろんあなたひとりではなく

悩みを抱えるたにんと共同生活することで生まれているので

 

あなたひとりが変わることには、実はそんなに価値がなかったりすることもありえる。

 

じぶんが、変われば、他者が変わるのであれば、

すでに、なんでも、叶えられていないとおかしい訳で。

 

なんでも、叶えられないから、

悩むことがあって、

 

じぶんひとりで、現実を変えられないからこそ

じぶんの意識を持って、じぶんで生きることが大事だ。

 

わたしの場合、

わたしではなく、

家系で代々続く家族間のいじめがあることを

 

じぶんが、子供だったことで、知らずに育った。

 

家族間にいじめがある家庭に生まれたことを

現実は、じぶんで作っています。とすると、

 

じぶんが、生まれる前から

どのような人生を歩くか、決めて

生まれてきたとでも、言いたいのか、といった価値観が

 

現実は、じぶんが作っている、になる。

 

現実は、わたしだけでなく複数人からんでいることで

動いているのだから

 

じぶんだけが変わったところで、家族の価値観が変わることは稀だ。

 

じぶん自身が変わることで、

家族の価値観が変わることを期待したい人にとって

「現実はじぶんで創れる」ってことばは、響きがよく感じるけれど

 

じぶん自身が変わっても、相手の価値観を変えることが出来ないから

「別れ」があることを考えて欲しい。

 

じぶんの人生の価値観をじぶんで作り替えることは出来るけれど

たにんの考え方を変えるほど、影響力がないことを知っていたら

じぶんだけの幸福感を創ることは、いまからでも出来る。

 

わたしは、じぶん以外の要因によって

わたしが家族間でいじめられて

育ってきたことを知らなかった時

 

すべてに不満がある状態だった。

 

それも、当然の話で

たとえ、家族でも、嫌なものは、嫌で

サンドバック状態を許すことは出来ない。

 

家庭間のいじめが継承されている事を

現実は、じぶんで作っているとすると

 

じぶんとは、異なる家族の考え方や行動を

じぶんの、思い込みによって作っていると表現されるけれど、

 

じっさいは、そんなはずは無い。

 

じぶん自身が、どれだけ努力をして変革を遂げても、

あなたをいじめる人は、テコでもいじめをしたい理由があるのが真理だ。

 

じっさい、わたしの家庭では

わたしが、どんな努力をしたとしても

むしろ、逆効果で

 

家族にとっては、

無意識にいじめたい心理が働く事がある。

 

たにんによって、現実が作られる事を、

無理に解決しようとしない方が良い事もある。

 

いじめをしたい理由がある人の事を

理解しようとしたり

 

ほんとうは、そんな人じゃないよね、と期待する事は結構、危険で

 

じぶんの現実に、たにんが関わっているからこそ

どうにもならない事情は、必ずあることを、割り切れる力がある方が大事だ。

 

現実をすべてじぶんで作る事が出来ないから出てくる悩みに関して、

 

折り合いをつけていく事が出来ない時に、

悩み過ぎる現状が作られるから

 

悩み過ぎる現実を離脱する事は、比較的しやすいと考えている。

 

家庭機能不全の悩みから、じっさいに解放されると

じぶんの人生が少し、スッキリして、新しい方向性が見つかることがある。

 

その変化こそが、じぶんを生きる為に大事だと考えている。

 

じっさい、わたし自身、

いじめがある事を認めて

距離を作る事で

 

互いの幸福が得られる、実績を創ることが出来ている。

 

家族にいじめられる現実を、じぶんが作り出したのではなく、

 

だれかにとって、いじめたい要因がある現実と交わっただけで

 

あなた自身は、あなた自身で、

冷静に、

じぶんの現実だけは、じぶんだけの幸福を創れることを目指すと良い・

 

結論として、「現実は、じぶんで作っている」には

現実をじぶんで動かすことが出来る、

強い思い込みや傲慢さがあると考えている。

 

「現実は、じぶんで創ることが出来る部分がある」くらいが、ちょうど良いのだ。