ストレス0

ネット依存症になると人生楽になる。なりやきの延長線上でお金から解放される話

日本トップクラスのYouTuber はじめしゃちょーが

 

「なりゆきの延長線上で ここまで来て

これからもやれるだけやってみるよ〜」と

歌っているのをみて

 

情報発信もおなじだなぁ、と。

 

マウント取るタイプの起業家がよく、

「SNS依存症は良くない!」って言ってるけど

 

なんというか、やろうと思って

文章を書き続けられる人はいない訳で

 

依存するレベルで極めて形になる事もあるから

 

「情報発信が苦しいと思うなら

やらなければ良いのではないか。

 

依存する人は、目的があって依存するので

介入の余地は無いよな。」と

 

いつも聴いてて思う。

 

【MV】YouTuberあるあるソング/はじめしゃちょー 

 

依存しなかったら

4年ネットビジネスは続かなかっただろうし

 

散々、依存して黒歴史を詰むから

 

後々になって、

それが強みに変わるタイミングが来たりする。

 

重い重い依存は

長い目で見た時に、重すぎる愛したい気持ちが

 

うまい具合に、

単に「こうやって愛したい!」だけ残るから

 

依存や執着したい時は

させてあげるのが、

尊重だといまなら分かることもある。

 

毎日、書き物していると分かるのだけど

 

結局、文章も周波数=音楽のような物なので

創作に近い所があって

 

こうではない、あれでもないと

じぶんで考え抜くちからが

生きるちからになる。

 

なりゆきの延長線上を

形にするには、途中で、依存や苦しみの壁に

何度もぶつかる事がある。

 

画家のこたおさんもおなじようなことを

テレビ番組で話していて

 

情報発信も、最終的に創作力なので

 

じぶんのすべてが出る事を考えると

自己表現が怖い人は

向いてない職業なのかもしれない。

 

こたおTwitter

 

 

じぶんの嫌いな一部がぜんぶに見える

情報発信の世界は

 

じぶんの嫌いな所を

どれだけ、受け入れられるかが、土台になる。

 

あれこれ、言い訳しようとすると

すべて、結果=お金で返ってくるのだ。

 

「感謝しましょう」

「きょうもニコニコしましょう」

「ありがとう」的な

 

どこかのだれかが話すことばだけを

毎日言っていても、

 

そんな、

じぶんのことを好きにはなれないだろう。

 

だって、この世には

感情にことばがつけられないから

探したくなるような

 

いろんな経験がたくさんあるのに

ありふれたことばと

だれかがすでに使ったことばで

 

満足するような

ほかのだれかの人生を

生きようとは思わないかな。

 

苦しみの乗り越え方は単なる情報とも言えるし

資産や財産でもある。

 

わたしの体感で言えば

 

肉体を持っている時間って

ほんとうに短いので

 

悩んでる間は無いのに

無駄に悩みに時間を使って

人生が終わってしまう事はもったいないと思う。

 

ひとは、たった100年じゃ

どのみち、たいして成長もしなければ

 

右も左もどんぐりな

分離した人間同士の背比べの所を

 

嫌いな一部に漬け込んで

沢山、エゴの刺激で遊んでいるだけだ。

 

人格のわたしは

「そんな風にしたら、

ああで、こうで!大変だよ!」って言うけれど

 

100年経ったら

じぶんが失敗して気にしている事なんて

だれも覚えていないから、だいじょうぶ。

 

どの選択をしても、

だいじょうぶにしかならないの。

 

てんちむ新R25

 

終わった状態から入らないと

一生終わらない仕事をしていると

思ったら疲れてしまうように

 

つねに、終わりが

どこかの地点から考えるとあるから

 

そして、始まった列車を

止める事はなかなか難しいから

 

バンジージャンプのように

崖から降りて

毎回、じぶんを更新し続けるしかない。

 

きっと、その方が

とても、楽な生き方になる。

 

楽して収入を上げ続ける人の意外なお金の稼ぎ方

 

 

まぁ、こんな風にして

世間一般的なマーケティングでは

がんばって稼げというけど

 

楽にして稼ぐように教えたいと言いつつ

 

ヒカキンが、

数字の事を考えると家から出られないから

ひとを呼ぶ気持ちも

分からなくは無いんだけどね 笑笑

 

数字より、実際のところは

ひとを愛したいし、愛されたいし

 

自己愛の塊の感覚だと思う。

 

そして、じぶんに対する愛が厳しすぎると

 

わたしのように病気になりやすくなるし

身体が弱いのかと思い込んでしまう。

 

じぶんに対して

超絶厳しくしすぎて潰瘍に到達したのに

 

他人に厳しいわたしが悪いから

他人に厳しくするなと求められ

 

あれれ…

 

わたしは、じぶんに厳しいじぶんから

抜け出し方が分からなくて困っている結果

 

他人に厳しいと言われているのに

 

さらに、じぶんを直しなさいと

足りない所ばかり言われるのだ。

 

足りない事は

もう知っているから きびしくするんだよ。

 

結局、ひとが具体的に言語化しやすいのは

嫌いな所だけなんだ。

 

仕事とプライベートが分けられなくて

 

ずっと、あまりにナチュラルに

文章の事しか気にならないから

 

「なにか、気づいてない事があるんじゃないか…

見落としてる事があるんじゃないか…」

 

もっと、出来るはずだ。

 

悩みに悩み抜いて

 

「ほら、見てみろ!

気づいて無かっただけだー!」

となる事がよくあるから

 

悩むことが悪いとは思ってないけれど

 

現実世界を愉しむじぶんの領域は

増やした方が良いね。

 

市川海老蔵vsヒカキンで超高級エビ寿司大食いバトルしたらブチ切れられました…

 

 

仕事も恋も食べるも温泉や娯楽も美容も

ぜんぶ、ビジネス感覚とおなじで

別々にして、

 

どれかだけ上手くいく人生っていうのは

どれも上手くいってない人生だから

あり得ないんだよ。

 

例えばだけど

 

ゲーセンに行っても

ぼったくられる確率が高い様に

組まれている現実的な話を知っていて

 

あえて、プレイして

 

そうそう、都合の良いことばかりが

起こらない事を教えてくれるルーツを

愉しいと感じられるようになる事が

成長な気がする。

 

実際、ビジネスやお金、投資、

時間の価値的なゴリゴリな世界を知った後に

欲しいか、欲しくないか言われたら

 

正直、買った方がはやい商品を

ゲーセンでプレイした時に

 

なんでも上手くいくと思い込みたいじぶんを

やんわり、殺すと 楽になるから

 

ギャンブルの使い方っておそらく

 

熱心に生きようとしている所を

 

「そういう真面目に苦しむ世界じゃないから!

テッテレー!」

って感覚を知って貰う為にあるのかなと思うと

 

なんか、笑ってしまったんだよね。

 

だから、大体はなりゆきで来ていて

「テッテレー!どうとでも生きれば良い!」

って世界なのに

 

色々条件付けて苦しみという遊びを

愉しみたいだけなのよ。

 

ゲーセンでプレイしなくても

買った方がはやい商品を

 

何回も課金してプレイさせてあげる

 

子どもに、愛した記憶を残したい親の気持ちも

 

愛なのに、

解釈的には「テッテレー!」な世界。

 

なりゆきを「テッテレー!」にするちからが

お金という結果もついてくるのだ。