ストレス0

趣味が合わないから楽しくないと感じる時に考えたいこと

仕事やセッションで

よく、「趣味が合わないから楽しくないと感じる。」

といった悩みをいただくことがある。

 

簡潔に言おう。

 

この世で、じぶんとおなじ趣味が合う人は、

100パーセントいない事と合わないことを、愉しめる度量が育たない限り

 

一生、ないものねだりを続ける事になることを…。

 

ないものねだりが許されるのは、世の中、美人だけだ。たぶん。

 

乃木坂46 橋本奈々未 『ないものねだり』

 

 

逆を返せば、美人でなくとも

「ないものねだり」を辞めた途端に、かんたんに、良い人になれる。

 

意外と、歳上の方の話を聴くと

パートナーシップにおいても同様で

 

「相手の趣味がわからなさすぎて、悩む」という課題を持っている事が多くある。

 

わたしは、「音楽」と「アイドル」を通して

どんどん、ひとを好きになっていった結果

 

じぶんが苦手とか、不快とか、嫌いとか思い込んでいたり、

嫌だなと感じるものの中から

 

どれだけ、価値を見出せるかが、

結果的に、お金を創れるちからになるか、とか

 

対人関係で、すぐ接点をつくる事が出来るので

なにもないじぶんに色をつけてくれるツールだと思っている。

 

ブログでかんたんに、不特定多数の動画コンテンツを貼れるくらい

じぶんの知らない世界を飲み込み続けたのは

学歴コンプからの貪欲さがあったからだろう。

 

わたしが、「趣味が合わないから楽しくないと感じる。」

子どもっぽいじぶんを捨てて

 

「じぶんと合わない

ゲテモノ料理みたいな価値観や趣味嗜好を食べ続けると人間がより好きになれる」

 

実験結果を得る事が出来たのは、複雑な学生時代の中での事だった。

 

大量の虫を食べされられるアイドル

 

地元の自称進学校にお受験で進学したものの

わたしの5個上の先輩を筆頭に、学校教育の方針が変わった事で

 

13歳の頃から、縦社会&他人との競争比較に揉まれ学生生活を送った。

 

わたしの同級生は頭が良い人揃いで

 

一学年の人数も、

みんなが顔見知りレベルの人数しかいない人数にも関わらず

 

上から、東大・京大・同志社・阪大・北海道大学・お茶の水・九州大学・

広大・岡大・国立医師・国立薬科・横国・青山学院・奈良女子・地元国立…

 

覚えているだけで、

それぞれ、複数名いたので、地方にも関わらず、学年の4分の1以上が

そこそこ、お金がある、かし子さん&かしこくんだらけだった。

 

そして、激戦区を勝ち抜いたわたしの世代をピークに、

学力が低い学校へと落ちていった。

 

華々しい結果とは、引き換えに、犠牲になる人が、絶えなかった。

 

実質、学生からすれば、逃げ場のない戦場で、

大学に行った後、うまく起動修正する事が出来なかった人も

わたしのように、進路選びで挫折して、路頭に迷うことになる人も、少なくなかった。

 

考えすぎて行動できない短所を一言で長所にする方法【学校教育の生徒の現場指導に関して】

 

 

ビジネスの世界でも同様だけど

高いところに住み始めると、結果的に、自死に追い込まれるように

 

(東京の夜は、定期的にお金と警察に追われて

フライングアウェイしてしまう人がいる事も、おなじ世界線で起こっている事なのだ。)

 

上流思考で、

余白のない世界は、ひとの精神を殺し続ける。

 

だから、きっと、わたしの中では

 

父親と母親が、

うまくわたしを育てられなかったというように

世の中の大半、毒親家庭な訳で

(現在は、和解済み。)

 

名前の由来の通り

わたしが思う、

理想の教育環境の世界線をみたいの方が

 

人格的な音楽をやりたいよりも、

強く出た結果、いまがあるのだと考えている。

 

学生時代、

ネット回線を使えなかったわたしは

 

学校外の

コミュ二ケーションが出来なかった事で

 

みんなが、それぞれに語る

趣味の時間を共有する事が出来ず、

友達が出来なかった。

 

いつも、理解するのは、

みんなが一周した後、

会話のネタが、いつも時代遅れになる劣等感。

 

「もう、それ、終わったよ〜!」と言われながら、

なんとか、輪に溶け込もうとしたが、なにせ、みんなの関心ごとは、すぐに変わる。

 

アニメも。

 

Usavich // All seasons. ウサビッチ

 

 

ボカロも。

 

DECO*27 – 弱虫モンブラン feat. GUMI

 

 

元々は、わたしの世界になかったし、

一生知る事がなかった世界線だろう。

 

結構ながんこちゃんだったわたしが

 

「じぶんが知らない世界を知る努力が

愉しいこと」

「じぶんが嫌いだと思っていた世界が、

じぶんの直したい部分を正すきっかけになる事」

 

だと認識出来た事が、

割と、情報発信の基盤になっている。

 

時代遅れだったわたしが、

情報発信の世界では

なにかを教えたことになっている事は、

ふしぎな感覚だ。

 

束縛がキツすぎて、ネットで外の世界と繋がったり、同級生と話せば話すほど

 

じぶんの家がおかしい事に気づく事やよろしなくい事が

色々バレる事を、恐れた母親は

 

とにかく、わたしに友達を作らせないように妨害した。門限も、そのひとつだ。

 

わたしが、もう少し、

クレイジーさを極めていて

 

愛のない子だったら

完全、家出していただろうが、

 

母親にコントロールされて育った

兄弟の事が気がかりだった為

責任感から、それも出来なかった。

 

母親に「なんで、友達が居ないの??」

 「好きな人は??」と

 

コミュニケーション手段を奪われた状態で

人間関係がうまくいく方法があれば知りたいと、何度思ったか、計り知れない。

 

学生時代のわたしは、数千万円の治療費でお金を使い果たして教育費が残っていなかった。

 

お受験の進学校で、アルバイト禁制・

当時、ネットすら持てない環境だった為

 

ただ、実力を発揮出来ないまま、底に落ちていく人生の雪崩を止める事が出来なかった。

 

娘を愛する能力と

社会的にうまくやっていくスキルがあるとは

到底考えられなかった母親が、

 

わたしの受験の為に働きに出るとは、考えられず

 

結果的に、進路を妥協し、国試の勉強をしながら

 

突然告げられた、

学費が足りない分の不足を補う為に

アルバイト・派遣と掛け持ちしていたら、

 

今度は「忙しくしたいんでしょ。」

と言われた日には

 

「どうしようもないことを、

ゆるすちからは果たして、

ひとの中の優しさを見出してはくれるのか。」と

 

いまだに、一度も、ひとを殴ったことはないが、こぶしを握りしめ続けた。

 

「ほら、やっぱり、

あの時、他界していればよかったのに 笑」と

もうひとりのわたしが、

後ろ指刺す事も少なくなかった。

 

ネットビジネスで充実した生活を送るには死生観を変える必要がある

 

 

欅坂46「黒い羊」3rd YEAR ANNIVERSARY LIVE@日本武道館

 

 

わたしは、

 

勉強がしたくても、ことごとく、勉強が出来ず

挑戦すべきところで、

挑戦出来なかった崩れた土台を取り戻そうと

ネットビジネスの世界に漂流した。

 

周りのおとなの中に、わたしの才を潰すではなく、活かす人がいれば

抑圧から始めた情報発信でなければ

学生時代からじぶんの才能を信じる事が出来ていたら

 

もっと、しぜんな形で、いまとは違う場所で、成果を出していただろう。

 

田舎はいかんせん、才を潰したいというか、

こちらが黙る忍耐力がないと、気づいたら、薙ぎ倒されていることが多い。

 

「墓場まで、黙るも、才か。

持ちすぎた荷物は、墓には入りきらないから、死ぬ事が出来ないのではないか。」

 

今お前の周り 集まる人だかり

それもいつか去り 一人きりになり…

 

UVERworld「AFTER LIFE」LIVE at TOKYO DOME

 

黙りすぎて、抑圧が溜まると

わたしの中のもうひとりのわたしは、

本能的に、暴れるので、

情報発信がなければ、わたしは、わたしによって殺されるだろう。

 

結果的に、先輩いわく、

かなり、繊細の感度が高い事で

コンサルや悩み相談系の元々の適正があると流れ着いた事は、幸運だった。

 

わたしの深い闇は、意図しなくても

だれかの闇を、かんたんに光にして包括してしまう。

 

わたしは、音楽がやりたいと思っていたけれど

結果が出やすい適性がある場所と

 

やりたいと思っている事で、結果を出す事は一握りらしい。

 

好きなこと(やりたいこと)とできることは違う

 

いまでも、当時、気になっていた人に

本来の実力ではない、

テストの点数を一通り閲覧されてドン引きされてしまったあの羞恥心が

 

わたしの中に、学歴コンプとして残っている。

 

わたしは、ほんとうは地頭が回る事を隠していることを知っていた彼は、

成績が、なにかによって、本領発揮されていない事に気づいていた。

 

一方で、わたしは、わたしで、周りから聴くじぶんの評価と

じぶんが知っているじぶんとの乖離が激しいことで

じぶんの才を疑い続けているしかなかったところも、たぶんにあった。

 

「いつも、好かれるのは、反抗者ではなく、イエスマンだ。」

 

羞恥心にも、いろいろあると思うけれど

 

じぶんの本領が発揮された上で、納得して失敗することと

戦闘機に対して、竹槍で向かわされ、ただ、自傷行為が続くこととでは

 

痛み方が違う。

 

なにも無ければ、じぶんらしくいられたところを

重い話で、気を引きたくないと、右往左往していたら、

最終的に、団砂利するしかなくなってしまった。

 

「好き」と「嫌い」は、好きな分だけ、嫌いの総量も、確実に増える。

 

都合の良い時だけ「嫌い」に頼って、団砂利することが、じぶんへの「愛」なのか。

 

わたしは、

もう、「強い重さ=じぶんを傷つける選択」に頼らなくて良い事を

体感する事が出来るか。

 

【因果応報の法則】本気で好きな人がエナジーバンパイアの末路

 

 

どれだけ、ひとを好いたとしても、

ピラミッド社会の中で、だれかを傷つける事なく、愛する事は不可能に近い。

 

p.s

 

「趣味が合わない

=時間と労力を使ってでも相手の好きを理解しようと努力する余裕がない」

に近いのかもしれない。

 

じぶんにほんの少し、こころの余裕があれば

 

たとえ、それが、くだらないものだったとしても興味がなかったとしても

 

「なんか、タイミングなのかもしれない。」と錯覚して

「とりあえず、触れてみるか。」って気分になる。

 

すべてがそうとは、言えないけれど

 

こころに余裕があれば、つまらなさそうに見えていた事にも

1つか、2つくらいは価値があって

 

意外とそれが、後々の人生の中で、脈絡なく

ほんとうに仲良くなりたい人との接点になったりする。

 

大体のものは、じぶんにとって、愉しむツールに変える事が出来るのだ。

 

わたしは、音楽と女性アイドル以外は、

特徴的な、趣味がないというか、割となんでも好きになってしまうので

 

また、きままに趣味を増やすことにした。

 

学生時代は、ローランド様的な感覚で

「じぶんの為に、なんでも好きになってしまう事」が悪い方に傾いて

「興味を持っている」と錯覚されて、変な人を寄せる事も少なくなかった。

 

俺か、俺以外か。 ローランドという生き方 [ ROLAND ]

 

 

わたしは、わたしの嫌いな部分と、好きな部分を満たす為に

たにんの経験と価値観を食べ続ける。

 

特定のだれか、が、好きでそうしているのでも 合わせようっていう訳でもなく

 

とりあえず、やるのが、わたしだ。