ストレス0

無意識の上から目線を直す方法って?【マウント取りを辞めるコツ】

年齢の割に、生き急いだスピード感と

乗り越えた課題や壁が多いと

 

答え(恐怖を突きつけること・

恐怖に向かわせること)を

ボロっと言ってしまった時に

 

歳上の人から、

「扱いづらいとか、厳しい。」と言われることが

まま、ある。

 

大体、ひとを怒らせる時って

わたしが、半ば強引に

崖から飛び降りまくって乗り越えた恐怖を

 

突然、突きつけてしまった時に

起こってる気がして

 

こちらからすると、

(上から目線もなにも、

それしか解決策無かったのだよ…。

 

そして、その恐怖に飛び込む痛さこそ

分別のない愛なんだよ…。)と思う事がある。

 

強過ぎて、傷ついたまま走ってしまう所も

 

そろそろ、野生児は卒業した方が

たにんを無用に傷つけないような気がして

化粧品を調達した。

 

むかし、ハマった少女向けの小説に

「おんなの戦道具は化粧」って

フレーズがあって

 

国試に女性で始めて受かった主人公に

 

高級な化粧品を

夜の街のお姐さんからプレゼントされるシーンが

すごく、印象的で

 

今なら、とても、分かるなぁと。

 

(残念ながら、綺麗なお姉さんは居らず

じぶんで、プレゼントしたが笑)

 

素のじぶんで外に出歩くと

不用意に傷つけるので

お外用のじぶんなるものが欲しい。

 

彩雲國物語

すでに成功しているじぶんになっていないといつまで経っても、幸福になる事は出来ない

なので、頭が回るタイプの人の苦悩を

まとめた本が欲しいと

切実に、思う事がある。笑

 

なんというか、

わたし的には

尊重のかけらも無い時間を長く過ごし

 

過度な精神的拷問や

いじめられる扱いもされてきたから

 

培った経験から来る知恵を

 

言えば、

「厳しい!ひとを大事にして!

(=わたしが、じぶんに対して厳しすぎたから

乗り越えられた過去を

わたしが泣けなかった分

だれかが、泣いてくれているのだと、

いまなら、分かる。)」と言われ

 

言わなければ、

 

「あまり、ひとに揉まれなかったから

社会に紛れず独立を選んだんでしょ?

 

(たくさんの人と会う事より

たったひとりや複数人から

徹底的にいじめ抜かれるデータは

結構揉まれたことにはならないのか、

 

大人がいう揉まれるとなにが違うのかは

よく分からない。

 

少なくとも、これまで情報発信して来て

集めた人数と

揉まれなければ

じぶんの強みと

すべき仕事は分からないから

ん???と感じるのだ。)」と

父親に言われた日には

 

すっ転げたくなったが

 

そういう人にしておいた方が

長く話さなくて済むので

 

ひとは、こんな風にして

相手を尊重する為に

 

時々、じぶんのなにかを殺さないと

いけない時があるなと思いはする。

 

なんだろな、ひとりの願いを叶える為に

だれかの努力(事実と違うことで話が成り立っていく)が、

ちから尽くで殺されていく

 

ことばのやり取りが、わたしは、時々、嫌いだ。

 

父は、時々、わたしが父を傷つけるというけれど

なんというか、ちょっと、頭が回って

通ってしまった事を、話してしまうと

 

乗り越えてしまった経験によって

 

だれかを、傷つけたり

泣かせたりする事に気づいてから

 

生きてるだけで、勝手にだれかを殴ってしまう

じぶんの過程が、厄介なときがある。

 

わたしは、ほんとうに、父親と母親の事を考えるなら

両親以上に、

幸福になる選択を模索していきたいし

 

大学に行って、学歴がある兄弟より

ハングリー精神が強いので

さきに、体現しようと考えているから

 

娘は、思っているより、たくましくなって

これから、さらに、突き抜けていくだろう。

 

疑うより 信じていたい

たとえ 心の傷は消えなくても

なくしたもの 探しにいこう

 

たしかなこと – 小田和正

 

尊重を願う一方で、

すべての価値観をシェア出来る訳では無いから

 

色々、思う所はあっても

呑み込まないといけない事ってあるよなぁ。

 

まぁ、なんというか、

結局、ああ映れば、こう映るみたいな

曖昧なものなのだろう。

 

それが、結果的に、

積もり積み重なると

自己承認欲求と言われたりしているのだろうけど

 

いまは、ぜんぶ、認められたいみたいな事は

無くなってきて

 

必要な役割をするみたいな感覚に近い気がする。

 

その方が、楽だから。

 

洗脳から、解けた後

じぶんは、いま、どの時間軸で

なにを悩んでいるのか、分からない地点から

 

みらいを開拓し始めたわたしにとって

 

「じぶんの意見」と思っていたものが

「じぶんの意見」では無かった事に気付いたり

 

無意識の選択が

「じぶんの意見」ではなく

 

もう、こころの奥底に沈めたはずの

あの後悔だったりした事を

 

認識し始めると

 

「じぶん」という認識が

よく分からなくなっていって

時々、ゾッとするのだ。

 

だれかの愛を得て、

いまのじぶんの選択がある事を考えると

 

じぶんで、選択したものは

ほとんどないのかもしれないね。

 

結果的に

生き急いでしまった要因が

 

依存的な母親の愚痴を真剣に解決しようと

熱心に、走っていた結果で

 

母親的には、そんなに、真面目に

解決したかった訳では無いかもしれない愚痴を

 

ストレスがピークの時ばかり

愚痴るものだから、

 

熱心に、叶えよう、叶えようとして

母親が決めた価値観通りに当てはめながら

独立しようとしたら

 

「母親=不幸な人」の定義にしてしまったまま

だったから

 

我慢やストレスを溜めまくって

筆が乗らない時期が続いた。

 

ネットビジネスやお金の悩みとは

ほぼほぼ、メンタルと人間関係の悩みで

セットなので

 

家族関係の悩みが解消されていないのに

 

お金は稼ぎたいって言ってる人

たくさんいるけれど、

「それは、逃げだよ⁇」と思っている。

 

もちろん、成長しながら解決してきた部分も

多分にあるから、

やりながら、解決する事を否定はしない。

 

けれど、あとで、手痛い目を見る事は

実体験レベルで経験しているから、

 

家族関係の悩みを話さないマーケッターは

本質とズレてる事は間違いない。

 

同情する事は、ひとを不幸だと

こちら側がジャッジすることなので

 

同情すること=

悩ませ続けること=

尊重すること 

の同列にはならないと考えると

 

「ひとを大事にする」の定義の中に

 

ひとが苦しんでいるから

痛い目や、恐怖を感じさせない様に

導こうというのは

 

ナンセンスな話で

ぜったいに解決しない方向に導く事は

愛ではないと思っている。

 

「ひとを大事にする」の定義の中に

 

大事にする=恐怖や痛みを与えてはいけないと

思っていたら

 

じぶんも、クライアントさんも

奈落の底まで、沈むから

 

少し痛いけど

望んでる方向に向かってるからがんばろう!の

方が、良心的だと思う。

 

クライアントさんに寄り添うのは

クライアントさん自身だけで無いと

 

悩みを聴く側は

一生、居てあげられる訳では無いから

 

「お金を払った痛み」の意味を考えて

突きつけることが大事なのかなと

 

対面が

陽キャ起業家や

上手いキャバ嬢さん達を見てて思うんだよね。

 

「厳しい!ひとを大事にして!」といった具合に

 

わたしの目の前では

 

わたしがじぶんに対して

加虐的過ぎて、泣く間も無かった

過去辛かった事に対して

 

色んな形で、色んな人が

わたしが泣けなかった分

泣いてくれている気がして

 

わたしがひとり泣かない努力をしたからといって

 

解決したさきで、だれかを泣かせてしまうのかと思うと、複雑な気持ちにもなり

 

だれかが、泣いてくれているのだと思うと

我慢は、我慢では無くなっている気もする。

 

もっと、じぶんを大事にして

子ども時代が欲しかったよね、ごめんね。