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ストレス0

やりたいことはみんな分からない。探さなくて良い話

やりたい事が分からない人はたくさんいると思う。

 

そして、「やりたいこと」を聴かれる度に

漠然としたじゆう感に、わたし達は、いつも恐怖を感じることだろう。

 

行きつけの深煎りコーヒーの店員さんと話していたら思いついたように

「やりたいことは、みんなじぶんでは、分からない。

だから、探さなくて良いんだ。」と教えてくれた。

 

「やりたいこと」をやっていると自覚がない時

3次元の世界は、現実化にタイムラグがあるので

 

「やりたいこと」の為に、試行錯誤している時間を

「苦痛や不安」だと錯覚して苦しみに没頭してしまう事がある。

 

ほかを探している間に、じぶんを見失うのだ。

というより、エネルギーが本質の世界で

無意識のエネルギー場が共有されているのに

 

じぶんと、他人を区別することは

実は、物凄く、難しい事で

 

いわゆる、HSP・ADHD・エンパスなど

エネルギーに敏感過ぎて、注意を見失う人の方が

至って、ふつうの感覚だと考えている。

 

わたし達は、エネルギー体だけで、12メートル近くあるので

 

無意識の場で、思念していることは

他者に無意識にエネルギーを放ってしまっている。

 

また、「やりたいこと」や

じぶんで、選択した欲求であると錯覚させられている時に

 

わたし達は、

「じぶんは、賢いはずなのに、なぜ、失敗したのか?」と

 

思い込みや執着(エゴ)によって、選択した事が失敗した時に

悩みにハマってしまう事もある。

「やりたいこと」の為に、

苦しみに没頭するタイムラグの事を

わたし達は、「苦労」や「努力」や「我慢」の対価と呼ぶ。

 

思い込みや執着(エゴ)の観念に、騙されている時

 

わたし達は、エゴの選択に人生を翻弄され

じぶんのこころと、じぶんの呼吸リズムから来る選択を見失う。

 

外側のどこかのだれか、の価値観や

お金による値段

じぶんではない、じぶんのこころの状態で物事を採用しなくなった時

 

思い込みや執着(エゴ)の観念から脱却し、じぶんのエネルギーで生きる事が出来る。

 

ある意味、エゴの思う通り

なんでも、すぐ叶えたくなってしまう気持ちは、ふつうだと考えている。

 

わたし達は、肉体を持たない意識エネルギーだった時は

なんでも、すぐ叶ってしまっていたから

つまらなくなって、分離しているだけで

 

分離したほかのだれかの人生を歩くことは出来ないし

 

お金や外側の条件によって、強要する権限は、だれも持ち合わせていない。

 

夢の世界=多次元の世界では、

物質化する事をエネルギーの場では覚えている事で

 

体感覚で覚えている事は、なんでもすぐ叶う世界なのに

3次元生活は、思ったように、動かせないエゴに気づいた時

 

エゴと真剣に向き合い、じぶんがやりたいこと・出来ること

じぶんしか持っていない感性で出来ることと真摯に向き合う。

 

「苦」を産んだエゴは、

3次元の重い生活で肉体を持って生きる為には、必要不可欠であり

 

ポジティブなエゴを尊重してあげ、不快な感情を作らず

他者との交流をすることを「じぶんを愛する」と表現する。

じぶんの中にあるネガティブなエゴの

「恐れ」や「恐怖」をないがしろにすると

 

じぶんと、他人の堺が分からなくなるので

 

無意識に、「安全という、死に向かう罠」を選択する事で

発展しない商売を行う原因リスクをじぶんで創り出してしまう。

 

「恐れ」や「恐怖」と向き合い

ネガティブなエゴの自己管理能力が長けて来て

「じぶん」を知ることがひとの役に立つけれど

 

序章の「不安」や「恐れ」から逃げ回る事で

「恐れ」や「恐怖」を捨てる事が出来ず、衰退する人が大半だ。

 

また、おじちゃんも教えてくれた通り

「やりたいこと」が、一度、他人目からして形となったからといって

 

じぶんが、やりたいことをやっている自覚はないし

 

「他人目からして形となった」は

冒険の途中であり、スタートラインなのだ。

 

ほんの小さなじぶんにとってのおこだわり、を現実化した後に

ほんの小さなことから、広げていくと、他者にも認知されるようになる。

それだけのこと。

 

 

また、わたし達がほんとうに「やりたいこと」で

他人に最も、価値が高い状態を与える時というのは

 

「じぶんの喜びの最高値」を

じぶんの生存やお金を抜きにして、物質化し体現した時なのかもしれない事を

おじさんから学んだ。

 

たーくさん、物質化し、創造が出来るこの世界で

エゴの恐れに誘惑されることなく

 

体現された一品は、

「じぶんのポジティブなエゴを愛した結果」の対価であり

きれいのひとことでは、言い表せない。

 

それは、きっと、お金では表現出来ないものであり

「エネルギーとして、表現されている愛」なのだろう。

おなじ感性に惹かれ、身につける事ができれば

 

あなたも、たくさんあるお店のなんとかさんではなく

 

「じぶんの本来のエネルギー」として生きる事が出来る。

 

恐れの中にある「やりたいこと」は常に、あなたの中にあるから

愉しむだけなのだ。

 

「カフェオレは、牛乳は半分でないといけない決まりはない!おいしい事が大事だ。」

と自信策を提供してもらった。

 

カフェオレであることを忘れて、コーヒーだけ半分飲んでしまった後で混ぜても、

ほかのお店とは比べ物にならないくらい美味しさに唸った。

 

じぶんの感性を磨かない事には、

おなじ感覚で、お金を回している人達と長く渡り歩けない事を考えると

充分、自己投資になる。