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じぶんを生きる方法

あなたより辛い人はいっぱいいるって平気で言う凶器を持つ人への対策法

経営者に必要な3つの資質、現代版拷問=毒親問題によるセルフイメージの低下・戦争=家庭機能不正による弊害・大病=難病克服経験2回を経験する過程で、通りすがりの無責任なおとな達に散々、
「あなたより辛い人はいっぱいいる」と言われ、無駄に精神を削られて来た。

結果、ネットビジネスで一度大きく挫折した頃には
自己啓発なり、成功法則なり、無責任な無料の情報を見れば見るほど、
こころがボコボコになり歪になり
最終的に、エネルギーダウンを起こし、2度目の難病を引き起こした事は、記憶に新しい。

安易なアドバイスも、受け手がネガティヴに捉えると
何十回・何百回と、神経回路をルーブし、充分な凶器になるのだ。

じぶんで、学ばない人や専門知識を習得していない人の話し言葉を
真に受けなくてよかったと理解した為、
いまになって思うことや
日常のコミュニケーションに関する必要な基礎知識についてまとめようと思う。

 

 

あなたより辛い人はいっぱいいるって平気で言う凶器を持つ人への対策法

 

通常、経営者や起業家に向いている人は、必要な3つの資質、拷問・戦争・大病の内、
いずれか、1つを経験すると、適性が身に付くと言われている。

わたしの場合、これでもか、というくらいに、人生の荒波に揉みに揉まれ、
太鼓の達人の調子の良いフルコンボ並みに、二十代の内にすべてを包括してしまった為

細やかでピンポイント止血が効くような指摘の的確さを持っていると言われている。

 

できれば、調子の良いフルコンボは、太鼓の真ん中だけを命中させる
「ドンッ」が大量に続いて欲しかったものの

あいにく、人生の冒頭は、一本もホームランを見る日が来ないのではと感じるような
太鼓の淵ばかりかする「カッ」ばかりで、
好物のすしざんまいならぬ、しくじり三昧の日々だった。

「あなたより辛い人はいっばいいる」も含め
通常の二十代とおなじと考え、もらったアドバイスのほとんどが
現実的に役に立たなかったことや、
うまく、消化されず
最終的に、理詰めで追い込み、じぶんが死にかけた事は言う間でもない。

元々、ネガティヴな性格の面が、とても、繊細で、希死念慮の概念を長く持っていたほど、神経質でナイーブなタイプだった為、

非言語コミュニケーション(身振り手振りの表現)とはなし言葉の嘘を見抜いて
「こうしたらうまくいくんじゃない?」と指摘した結果
「余計なことを言うな!」と言われ
ネガティヴな長所が生かされず、精神的にボコされた経験は数しれず…。

 

中学生までは、持ち前の天然さでひとと長く関わることを頑張ってみたが
ただ、聴いていただけで、思いも寄らない他人のブラックな話を引き当ててしまう

じぶんの運の悪さが怖くなり、家でも外でも、「不幸話の受け手はもううんざりだ。」と、
ますます、友達作りや人間関係における長期なやり取りを拒むようになった。

 

あなたより辛い人はいっぱいいるを真に受けじぶんが死んだ話

 

現代版拷問=毒親問題によるセルフイメージの低下・戦争=家庭機能不全による弊害・
大病=難病克服経験2回を過ごす過程で、

経営や起業に最も、大切なこころの安定感・人間同士の長期的なラポールの築き方といった
人生を長く、有意義に生きる為に必要な当たり前のことは
何回、ことばとして聴いてもイメージが湧かず

弾丸が貫通するかのような他人から聴いて覚えたじぶんを傷つけることばばかりが
たいして、良くもない頭の中をループし続けては、じぶんを殺めることに長けていった。

完全に、こころが悪い人の方が割合的には少ないから
良心的なおとなも、もしかしたら、いたのかもしれない。

 

けれど、それ以上に、過敏で繊細のこころがボコボコになるような
人間の嘘とマウントの取り合いと情動やエゴの波に、疲れ果てていたと思う。

 

「じぶんを大事に生きる方法」を熱心に教えるおとなの正義感強い教育が

じぶんを大事にしていい概念を知らない人間にとって
これほどまでに、抑圧が働くことになるとは、知らず、
熱心に頑張っては、端から抜ける日々が、ただただ、切なかった。

 

起業に失敗し、じぶんは収入が伸びない横で、
搾取・依存型のビジネスモデルに利用されながらも

年収2000万円を軽く超えた年下の学歴があるパートナーに振られ
2度目の難病を独学で完治させた時

その場をなんとか生き残る為の、
臆病で挑戦しない卑怯さを持ち合わせた雲隠れ戦闘だけが上手くなり

ふと後ろを振り返ると、
精神的な戦闘ばかり慣れた果てに、荒れた荒野の真ん中で返り血を浴びて
他人が近寄ると表情を失ったような、
癒しや愛を知らないままおおきくなった子どもが佇んでいた。

あなたより辛い人はいっぱいいると言われ生きるつらさ

ひとり、次の目的地へ歩いて、生き残っては
また、死に損なったじぶんの醜悪さを感じ取りながら
「まだ、生きなければいけないのか。」…と内心、思っていた。

死ぬ勇気が持てず、地味ったらしく生きているじぶんを
「神様が与えてくれた肉体にかんしゃ〜!キラキラ〜!」といった調子に
合わせることは到底できなかった。

難病を治す時は、ぐいぐい押し上げられて
摩擦に苦しむ、身体の不調に、耐え、生きることを考えなければいけず

完治した瞬間、何事もなかったかのように、柔軟に生きることを求められる。

いま思うと、当たり前のように、治らないと言われている病気を治して、
何のケアも無しに、ふつうに紛れて生きようとしている
人間でなくなった何者かの不気味さが摩擦をうんでいるような、そんな感覚を覚えるのだ。

 

現代版のリアル戦争を生き抜く様を知らないおとなが話す
「親は子どもを愛している」「結婚したら、一生一緒」「ただ、生きているだけで感謝はーと」「毎日、キラキラ、わくわくで〜」「日本に住んでいたら、ある程度、豊かに過ごせて〜」「闇は、光や愛があるから〜」といったビジネスチックなチープなことばを見る度に

見せられるものなら、じぶんの脳内の映像を取り出して
その口の中に突っ込み返したいと、何度、思ったか、
そして、そんなじぶんに、何度、疲れて来たか、計り知れなかった。

悪人になり切ることが出来たら、もっと、早く、明るい選択を出来ていたかもしれない。

この世には、許してはいけない、許さなくていい
一定の倫理観があることを知ったのは、ビジネスや起業を知ってからだった。

最近は、YouTubeでも、毒親関連の話を見るけれど
残念ながら、わたしが経験してきた精神的・物理的暴力を上回る話は
いまのところ、見たことがない。

だから、大抵のお悩みごとは、聴けてしまう。

性的虐待が無かったことだけが、不幸中の幸いだった。

愛されないことと、過度に依存されること。
どちらが、マシに感じるかは、両方を飴と鞭のように経験した
いまとなっては、ただただ、深い悲しみだけが、残ったと言える。

あなたより辛い人はいっぱいいるって平気で言う人に知って欲しい現実

 

ここまで、書いておきながら、詳しい細部を書く気にはなれない理由があることを
ふたつお詫びしておきたい。

変わりに、じぶん自身が、カウンセリング・コーチング・催眠・NLP・音楽療法・ビジネスなどありとあらゆるものを試すことで、
実録レポとして、可能な限り対策法を研究したいと思っている。より、愉しい形で。

第三者のアドバイスと現実が、乖離していることがあることを
社会に活かして欲しいことが、いまの願いだ。

ひとつは、父親と、兄弟の為にも、家庭を守ることを約束したこと。

2度目の難病を独学で治し、起業に失敗し、
さすがに、ひとりで持つ荷物が多すぎた時に、折れてしまった為

わたしが、色々と黙っていたことを打ち明けたのは
15〜20年近く経ってからのことだった。

ビジネスや起業の世界とは、かけ離れたゆっくりした速度で、
傷つき苦しみながらも、学んでいることがあることを知っているがゆえに
安易なかっこいい前向きな決断を進めることだけが、
他人を思いやることなのか、いまだに、分からない部分も多い。

 

GHQが敷いた過去の政策や波動・ピラミッドの社会構造を知ると
理不尽や家族の至らない所があったとしても、だれも、責める気にはなれなかった。

むしろ、加害者に加担するリスクがあることを知った時、膝から崩れ落ちた。
あんなに、がんばって耐えて来たというのに…。

 

もうひとつは、学生時代、なんとか、じぶんのことを理解してもらおうと
ポツポツ話した先で、ただ話すだけで、
じぶんの過去そのものが凶器マシーンと化する痛さと怖さを痛感した為。

互いに好意があった事を、後々、知ったものの
察しの通り、うまく、コミュニケーションを取ることが出来ず
一方的に、傷つけることになった結果、連絡を経ってから、7年。

いまだに、PTSD症状として、毎日、悪夢と化し夢に出続けている。

胸の内に留めるしかなくなった。

じぶん以外のたにんのぞんざいな扱いを受けて育った後遺症により
好きな人を傷つける現実を目の当たりにすると、ますます、結婚も子育ても臆病になった。

若い頃の恋愛や片想い、両想いに悔いがないように、見守りたいものだ。

 

見た目は、ふつうの歳頃のおんなの子になって
同居を進める第三者のアドバイスを信じ、県外に出たというのに
古傷に古傷を塗り足す結末に、前向きな努力ってなんだろなとさえ思ってしまう。

かつて、血塗れだったわたしが、もし、結婚も出産も夢も達成したら
ファンの人にとっては、希望になることだけを頼りに地味地味と生きている。

 

達成できなかったとしても、
パーリナイして、教養を身につけられない子どもを増やさなかった事は
充分、貢献したはずだ。

 

そして、これからも、わたしは、大好きなアイドルのように
ゆかもんというポケモン的キャラクターでいる事を許してくれる人がいるから
社会との繋がりを持ち、生きることが出来る事を、慎重に取り扱うつもりだ。

じぶんの経験を、なにかに活かしてもらうことを望んでいる。

 

あなたより辛い人はいっぱいいると感じる人は余裕を作ろう

毒ガスの掃き溜め場所に限界を感じたこころは更に、高度に歪になり
じぶんの身体をボコボコにしても気が済まず

じぶんを大事にしなさいと聴けば聴くほど、
家庭機能不全で育ち、じぶんを大事にしないおとなの姿しか知らない
わたしの目には、じぶんを大事にってなんぞやと、さらに卑屈さが極まっていった。

じぶんを大事にって、概念そのものを求められなかった家庭環境において
残念ながら、じぶんを生きる術を身につけることは出来なかった。

 

ここまで、ヘビーな話からスタートすると
「また、女の不幸自慢か。」と思われることはとっくに知っている。

そして、理解のない、健康で強気な女性にとって
闇を見て来た女がイケすかないことも、とっくに知っている。

 

はなし言葉で、まともに理解してもらおうものなら、

また、学ばない無知な人に、返り討ちされることを
よく、心得ているから、物静かに生きる人が一定数いることを
少し、理解すべきだと、時々思うことはある。

理解できないことを理解しろ、と言う気もなければ、話す気もないけれど
存在価値をボコす権利はないと、そう思うのだ。

理解できないことはじぶんには、理解出来ないと言える品性を学んだら
ただただ、異国のしあわせな国で、ハッピーに生きていて欲しい。

 

あなたより辛い人はいっぱいいると感じる人に効く辛いの対処法

逃げ腰のじぶんをなんとか、活かそうと

ツイッターで流行っているおもしろい逃げる大根の群れのような軽やかさで
「ゆかもん!」と替わるがわる声をかけてくださった方々のおかげで
こうして、ふたたび筆をとり、じぶんのことばで話そうと思い立った次第である。

 

過去の出来事を消化できず暴れ玉のように生きていた
逃げ腰のじぶんは、ひとりで立ち直ることが出来ないほど
じぶんで、じぶんの首を締めなれていて、

また、苦しくなったら、じぶんで創り出した記憶を丸ごと消失させる方法を使って
どこかに、漂流すれば良いとさえ、考え、無理にがんばることをじぶんに強要した。

他人をあやめるほどの勇気がない果ては、じぶんに矛先を向けるしかやり場が無かった。

ハリーポッターの暴れる木のように、ムラがあり、吹っ飛ばし続けていたところを

気づくと、毎日変わる変わる、
コメントという包帯を持ってかけつけてくれるレスキュー隊の群れに囲まれ始めた時に

あれ、この群れは、いつもと違うぞ…と。なにかから、逃げない人がいることを知った。

子どもでいられる期間が短かく
なまじ、馬鹿力で、難病を複数回治す奇跡をじぶんの手で作り出したわたしには
出来ない・分からないことが、とても、恐怖だった。希望がすべてだった。
はじめて、年相応でいて良いかもしれない場所が出来たのだ。

 

何百冊・何百本の動画・何十の専門ブログを渡り歩き、
あらゆる分野の情報の中から、やっと、やっと、たどり着いた答えが3つある。

1つは、苦しみに相応出来る力は、壮大な憧れや夢の力であること。

2つは、過去の生い立ちが似ている部分があって、誕生日が一緒な先輩に聴いて
おすすめされた本の中に、書いてあった。

この世の歴史上で、確認されている範囲で
人類の歴史上、最も、トラウマを受けたとされる出来事は
ボスニアやコソボで、戦争体験を経験した人たちであるということ。

わたしに、優しく接してくれる人や、大好きな歌手のYUIさんの音楽も
もちろん、大事で、うれしい。

でも、「ああ、やっと、肩の荷をおろせる。」と感じたのは
本の中で、戦争による痛い出来事を痛いと、話せた彼らが
適切な治療を受けられたことに、安堵した瞬間だったように思う。

ほんとうに、治療が必要な人は、
いまも、静かな夜の下で、泣くことも、話を聴くこともなされないまま
過緊張で、あした生き延びられるか、ベッドの上で足音を気にしながら
眠りにつくことも、出来ずにいる。

闇は闇の中に、放置される現実があることに、目をつむった。

 

3つは、苦しみや悲しみの深さは、じぶんの尺度で測ったところで
他人のつらさは、誰も、理解はできないこと。

苦しみの受け止め方や度量が違うことを強要しないといけない
資本主義社会のしわ寄せは、誰もが葛藤していると思う。

つい、知った気になって、アドバイスした事があるじぶんを恥じた。

理解して欲しく、駆け回った学生時代のじぶんを
そっと、抱き止めることしか出来なかった。

何度、本やモバイル媒体をぶん投げたい気持ちになったか分からないが
すべての悩みを解く魔法のことばを完結にまとめるなら、

「苦しみは、軽くなるだけで
一生解決されないし、解決出来る方法はないから、深追いせず
いますぐ、壮大な夢を抱えて、生き直せ。」このひとことに集約されると思う。

 

逆を返せば、既存のトラウマ療法で改善出来なければ、
現実世界には、生きながら、死ぬ以外、救いがないとも言える。

 

わたしは、どうにも出来なくなった記憶の処理に疲れ果て

嘘とほんとうと現実と妄想と大好きな音楽で
複雑に、別々の神経回路を組み合わせ、感情の記憶を喪失させ

人格をさまざまに変える役者のようにするしか
正気を保ったまま、生きていく術を見出す事は出来なかった。

多大なるアーティスト達が発信する、音楽や音だけが、唯一の頼りだった。

 

あなたより辛い人はいっぱいいると言う人こそ癒しが必要

 

魂レベルで、精神を極めていくと
ひとは、ただ、存在しているだけで、涙してくれる人がいることを知った。

愛だの、感謝だの、光だの、明るいキラッキラッなことばだけで
現実のなにかや、苦しみが変わるなら、
頭にハッピーになりそうなコーンでも、乗っけて毎日踊っていたい。

はじめて、コーチとしてセッションを行った日、
目の前にいた人は、感情が昂ぶるように泣いた。
ただ、わたしは、痛みやつらさが理解出来るから頷いただけだったのに…。

すっきりと泣く彼女より、いちばん動揺したのは、わたしの方だった。

「なぜ、かんたんに、泣くことが出来るのか?」
「なぜ、ただ、聴いただけで、泣くのか?」
「なんで、泣く事が出来るの?」

辛い時に、辛いと話す場所も時間もひとも無かったわたしにとって
人前で、泣く時間を持てることは、とても大事な時間だと気づかされた。

 

たくさん、我慢して、がんばってきた末に
じぶんではない、誰かが、わたしの過去の経験を通して
わたしの変わりに、泣いているのだと、ふと思うと

じぶんで泣くことが出来なくとも、誰かが変わりに涙してくれることを知った。

 

浄化にも繋がった。

 

そして、散々行き詰まった末、プロフィールを一切公開せず
アカペラでアップした歌声に

「カバーしてくれて、ありがしう。涙が出たよ。」とコメントをくれた
見知らぬおじさんにも驚いた。

 

わたしが、アーティストとして、表現者として生きることで
ひとりで、泣くことが出来ない誰かが、涙する時間を創れるなら本望だと考えている。

芸術や創作は、つきない悲しみを軽減してくれる力がある。

 

人生には、前向きな決断が出来るように、泣く時間くらいあった方が良い。
擦り傷だらけになるからだ。

 

わたしは、うっかり、言い訳や嘘を見抜いてしまうから、
泣く場所がないなら、わたしの変わりに、たくさん泣いて欲しいと思っている。

そして、だれかに、あなたより、つらい人がいるマウントを取るくらいなら
まずは、じぶんの辛さを超越するほどの希望や夢を語って欲しいとも思う。

 

あなたより辛い人はいっぱいいるから悲しみを希望に変える

 

たくさんの苦しいこと・つらい経験は、
他人が、悲しみの深さを測れるものではないのだから

ネガティヴな感情の耐久性に関する他者との我慢比べの強要は、もう、終わりにしたい。

耐えられないものは、耐えられないし、
耐えられることを強要する加害者ヅラが似合うほど
じぶんは、たいそう偉い人なのか、考え直して欲しい。

ネガティヴは、人間が創り出したものだから、同調してはダメ的なことを
スピ系はよく語るけれど、ここまで、ネガティヴをオープンにする理由がふたつある。

ひとつは、とっても良くない捉え方かもしれないけれど
わたしの先に、人脈ゼロで再起して成功した三十代くらいの人が
著書を出しているのを見て、思わず笑ってしまって救われたからだ。

まだ、二十代だから、やり直せるかもしれない…。

何冊も渡り歩いた書籍の中で、カッコ悪くズリこけている男性の成功者が複数人いたことが
歩く理由になった。

そして、もうひとつは、人間が作り出す負の感情は、
たしかに、汚く、醜く、ときに、ひとをあやめる力を持っている。
できる事なら、もう一生見たくないものばかりだ。

芸術や創作の感動は、闇を知って、飼い慣らす力を
他人と協力しながら、身につける事が出来るから
他人を泣かせる力かせあるのであって、単調なハッピーだけでは、涙腺は動かない。

そう、思う。

ひとは、じぶんを出来るだけよく見せる為に嘘をつく。

でも、ほんとうに力があって、強い人はキラキラだけの場所には惹かれないし
ほんとうの仕事は、闇ごと包括するのではないか、と
わたしは、じぶんのこれからの仕事に期待している。

 

負が分かるなら、反対側のポジティブにも、おおきく振る力を持っている事を
いま、つらい人は、信じて生きて欲しい。

 

ゆかもん式トラウマ感情消化音楽療法からおすすめの一曲

今回の内容におすすめの一曲は、男性バンドBIGMAMAの俯瞰show。

「生きていくことは面倒くさい だけど 死ぬ方がもっと面倒くさい」
淡々と話す歌詞に、つかれた時救われていました。

バンドにヴァイオリンを取り入れている事が特徴で
男性ボーカルにも関わらず、さわやかさを感じるところがおすすめです!

内容は、女性が聴くには少々、難がありますが

UVERworldのTAKUYA∞にハマっていた時に
栃木のcrew(ファン名称)の女の子に教えてもらったバンドで
バンド好きは、わりと聴きやすいかなと思います。

国試の勉強をしながら、4時間睡眠くらいで、
派遣・アルバイトと這いずり回った時代を思い出します。

BIGMAMA “俯瞰show” MV